クルティザーヌ

19%e4%b8%96%e7%b4%80%e3%80%80%e5%a8%bc%e5%a9%a6

19世紀のフランスでは、女性の社会進出の象徴としてクルティザーヌと呼ばれる高級娼婦という職業があり、そのクルティザーヌたちは政治を動かすほどの力を持っていました。

19世紀は男女平等が叫ばれ始めた時代。フェミニズムの登場もこの頃で、女性の社会的地位が目覚ましく、その職業の1つが高級娼婦(クルティザーヌ)でした。

19世紀になると、女性の権利を求める運動が組織化された。多くの場合は、これ以降の動きを指してフェミニズムと呼びます。

当時、娼婦はパリに1~3万人いたと考えられており、その中で高級娼婦として成功した女性はごくわずかでしたが、成功すればとびきりリッチな生活を送ることができました。

彼女たちは歴史に名を残すほどに美しかったのですが、それと同時に高い才知と教養を持っており、まさに才色兼備を地でいった女性たちでした。

愛人から貢がれたドレスや宝石、車の豪華さを競い、冬になると南仏の別荘地で召使を連れて優雅に暮らしました。

市民からは謎に満ち溢れ、美しい身なりで贅沢な生活を送っている高級娼婦は、当時の歌劇のヒロインのモデルにもよく採用され、社会が認めた憧れの女性でした。

彼女達の自由でセンスに溢れた生活は、表社会の貴婦人たちにも影響を与えたばかりか、ファッションや娯楽そして身のこなしは、本家の貴婦人を凌駕するほどでした。

そんな彼女たちの存在は国を動かすきっかけをも作り、王室の正妻よりも力を持っていたとも言われます。

自分のお客である要人たちが出会う会を主催し、さらに社会的に重要な地位を築いていました。そして次第に、貴族たちにとって彼女たちはなくてはならない存在になりました。

一流のクルティザーヌは愛人から得た自宅で社交場となるサロンを開き、多くの富豪が集まる交流の場でのホスト役を務めました。そうした役割を果たすことで社交界での存在感をさらに高めていきます。

自分を買われることだけではなく、自ら行動するパワーも持ち合わせていたんのです。

王族をも虜にし国を動かした高級娼婦

%e3%83%87%e3%83%a5%e3%83%90%e3%83%aa%e3%83%bc%e5%a4%ab%e4%ba%ba

フランスの歴史には多くのクルティザーヌの名が残っていますが、中でも有名なのがルイ15世のデュバリー夫人とポンパドール公爵夫人。

ポンパドュール夫人は公式寵姫としては前例のないブルジョア階級出身の女性だったため、宮廷で大きな物議を醸し出した女性でした。

公式寵姫の地位を得たドュバリー夫人に関しては、娼婦出身という労働者階級、社会の底辺の階層という女性でした。

美貌と才知で国王の愛人になるまでに出世し、政治に干渉するほどの(干渉せずとも政治の駆け引きに大いに使われた)絶大な権力を振るいました。

%e3%83%91%e3%83%b3%e3%83%91%e3%83%89%e3%83%bc%e3%83%ab%e4%be%af%e7%88%b5%e5%a4%ab%e4%ba%ba

高貴な人物を楽しませるためには、教養の知識で機転を利かせたトーク術が必須であるため、彼女たちは絵画などに励みました。または、元々音楽家や女優出身である女性がクルティザーヌになっていました。

クルティザーヌたちが活躍した時代は、男性が政治や仕事を取り仕切っていた男性社会。そんな時代に社会のパイプをつなぎ、花型とよばれた女性たちからは現代にも通じる学ぶところがあります。

 

時は21世紀…

当店、ファーストクラスジャパンには

19世紀の高級娼婦、クルティザーヌに勝るとも劣らない、素晴らしい女性たちが数多く在籍しております。

美貌と気品と教養に溢れた最上級との女性とのひと時を

ぜひ、ファーストクラスジャパンで・・・

http://www.firstclass-japan-tokyo.com/top.html

TEL:03-6273-0410

 

関連記事

ページ上部へ戻る